「自動車産業はギリギリまで追い詰められている」
昨年12月、トヨタ自動車の豊田章男社長が、自動車工業会の会長として臨んだ記者会見で、自動車のEV(電気自動車)化に伴い、日本の自動車業界が大きな苦境に立たされるとの見通しを発表しました。
EUを中心に今、2050年までに、CO2の排出分と吸収分を±0にするカーボンニュートラルの達成が大きな目標となっています。日本の菅義偉首相も10月の所信表明演説で、「2050年カーボンニュートラル」を目指すと宣言しました。こうした考えの一環として、今、自動車の電動化への完全移行というのが世界の潮流となっています。フランスは2040年からガソリン・ディーゼル車の新車販売の禁止することを決めたほか、ノルウェーは2025年、ドイツ、デンマーク、オランダ、スウェーデンは2030年、イギリスも2035年までにガソリン車の販売を禁止する方針を打ち出しています。アメリカも、国内最大のカリフォルニア州が2035年までにガソリン車の販売を禁止する方針を打ち出しており、大統領選で民主党のバイデン氏が勝利したことから、全米でも何らかの方針が打ち出される可能性が高いと思われます。そうした世界の潮流の中、日本も2035年までにガソリン車の販売禁止を目標に掲げています。
豊田章男会長は、この「ガソリン車廃止」の流れが、日本の自動車産業を「ギリギリの状態にまで追い詰めている」と警鐘を鳴らしているのです。なぜなのか?
モーターで動く電気自動車は、エンジンで動くガソリン車よりも構造がシンプルです。部品点数もガソリン車の3万に対し、電気自動車は2万と大幅に減少します。そうした中、これまで日本の自動車業界がもっていた高い技術が、が意味のないものとなり、多くの企業が比較的容易に自動車業界に参入できるようになるのです。特にトヨタなどが警戒しているのはGAFAなどの巨大IT企業で、今後、自動車業界に参入して来るのはほぼ間違いないでしょう。すでに時価総額はトヨタを遥かに凌駕しており、既存の自動車業界これまで培ってきたノウハウが、まったく優位に働かないとなれば打つ手がありません。
ガソリン車がなくなれば、エンジンを製造するアイシン(刈谷市)、点火プラグを製造する日本特殊陶業(名古屋市)など、愛知県の多くの企業が抜本的な業態変化を求められる可能性があります。自動車業界が苦境に立たされれば、名古屋の経済、強いては日本の経済にとって大きな打撃になるのは間違いありません。その危機があと10年ほど先の未来に迫っているのです。
ただ、ここで根本的な疑問があります。「電気自動車はそもそもエコなのか?」ということです。たしかに電気自動車は、走行中は排ガスを発生させませんが、原発などに頼らない限り、電力を発電する際にはCO2が発生します。前出の記者会長のなかで豊田章男会長は、日本で乗用車400万台をEVにすれば、特に冬場は電気が10〜15%も足りなくなる。その量は原発なら10基、火力なら20基分が必要であると主張しています。世論により原発の再稼働すらなかなかできない中、新しく必要になるエネルギーは火力に頼らざるを得ず、結局、電気自動車がエコに貢献するとは言い難いのではないでしょうか?
“エコのためガソリン車から電気自動車へ”の潮流は、エコに対する間違った認識と、新たに自動車業界への参入を目論む人たちがつくり上げたムーブメントに過ぎない可能性があります。ハイブリッド技術をはじめとして、”脱炭素”とは行かないまでも”低炭素”の車をつくる技術が日本にはあります。自動車の電動化という潮流の中、今、日本が国を挙げてすることは、改めて正しい認識と、”低炭素車”の全世界へのアピールなのではないでしょうか?